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東京高等裁判所 平成2年(ネ)3319号 判決 1991年7月17日

《住所省略》

控訴人(附帯被控訴人)

岡田茂

右訴訟代理人弁護士

伊東眞

小松正富

寺尾正二

永山忠彦

竹沢哲夫

金綱正己

御正安雄

山田有宏

丸山俊子

坂井芳雄

東京都中央区日本橋室町1丁目4番1号

被控訴人(附帯控訴人)

株式会社三越

右代表者代表取締役

坂倉芳明

右訴訟代理人弁護士

河村貢

河村卓哉

豊泉貫太郎

岡野谷知広

村上實

主文

本件控訴及び附帯控訴をいずれも棄却する。

控訴費用は控訴人(附帯被控訴人)の,附帯控訴費用は被控訴人(附帯控訴人)の各負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  控訴の趣旨

1  原判決を取消す。

2  被控訴人(附帯控訴人。以下「被控訴人」という。)は,控訴人(附帯被控訴人。以下「控訴人」という。)に対し,金1億2400万円及びこれに対する昭和60年3月16日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人の負担とする。

4  仮執行宣言

二  控訴の趣旨に対する答弁

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

三  附帯控訴の趣旨

1  原判決中,相殺により控訴人の請求を棄却した部分のうち金273万5484円に係る相殺部分を取消す。

2  右部分の控訴人の請求を棄却する。

四  附帯控訴の趣旨に対する答弁

本件附帯控訴を棄却する。

第二当事者の主張

当事者双方の主張は,原判決15ページ1行目の「右決議」及び同16ページ4行目の「前記決議」をいずれも「本件解任決裁」と改めるほか,原判決事実摘示のとおりであるから,これをここに引用する。

第三証拠

証拠関係は,原審及び当審記録中の証拠に関する各目録に記載のとおりであるから,これをここに引用する。

理由

一  当裁判所も,控訴人の本訴請求は棄却すべきものと判断するものであり,その理由は,次のとおり付加するほか,原判決理由説示のとおりであるから,これをここに引用する。

1  原判決30ページ11行目の「証言」の次に「及び弁論の全趣旨」を加える。

2  同36ページ11行目の次に行を改めて次のとおり加える。

「 控訴人は,「商法269条が取締役の報酬について定款の定め又は株主総会の決議を要求しているのは,取締役の報酬額の決定を取締役の自由にまかせると,お手盛りになって,株主の利益を害するおそれがあるからであるが,退職慰労金は退任した特定の取締役に対してだけ支給されるにすぎず,支給を受ける者は,取締役の地位を退き,取締役会における議決権はもちろん発言権もないのであるから,お手盛りになるおそれは全く生じない。また,株主総会において取締役の報酬を零または低額に定めた場合,これに不満のある取締役は取締役への就任を拒否するという自由を行使しうるが,退職慰労金についてはそれが過去の職務執行の対価であり,過去に遡って取締役就任を拒否できないのであるから,株主総会の決議支給額が零ないし不当に低額であったときは,不当な職務執行を強いられた結果となり,かつ,これに対し何らの補償も得られないという不合理を生ずることとなる。以上の点から退職慰労金は商法269条に定める「報酬」に該当しないものというべきであり,株主総会の決議を要せず支給を求めうるものと解すべきである。」と主張する。

しかしながら,退任した特定の取締役の退職慰労金であっても,取締役在任中の職務遂行に対する対価,報償の支払いとして報酬であることに異なるところはないし,取締役という同じ職務についていた者によってその支給が決められることによる弊害は,在任中の取締役の報酬を決定する場合と特に異なるところはないというべきであるから,控訴人の右主張は採用の限りでない。」

3  同37ページ11行目の次に行を改めて次のとおり加える。

「 控訴人は,「仮に商法269条の「取締役」に退任取締役を含むとしても,一般に株式会社と役員との法律関係は一種の委任契約であると解されるところ,会社において退職慰労金に関する内規あるいは慣習が存在するときは,役員の就任時に,就任する役員と会社とは退職時に,右内規ないし慣習による退職慰労金を支払う旨の明示ないし黙示の合意があり,これもまた委任契約の一部をなしているものである。したがって,仮に退職慰労金の支給につき株主総会の承認決議を要するとするならば,退任取締役の退職慰労金請求権は株主総会の決議を法定停止条件として発生する権利であるということになるから,株主総会の承認決議が得られない場合や,故意に株主総会に報酬や退職慰労金の支給の承認決議を求める議案を提出せず,そのまま放置していた場合は,会社は条件の成就を妨げたこととなり,当該取締役は会社に対し条件が成就したものとみなして報酬等を請求しうると解すべきである。控訴人は,被控訴人との間で,被控訴人の役員報酬規程及び退職慰労金支払規程に定める報酬等が支払われること,そして株主総会の承認決議を得るべくこの支給に関する議案を提案するとの黙示の合意があったからこそ役員の就任を引き受け役員の職務の執行を行ってきたものであり,被控訴人は,控訴人の退任にあたり右停止条件を成就せしめるため,退任時の株主総会において控訴人に対する退職慰労金支給の承認を求める議案を提出しこの承認決議を得る義務があったにもかかわらず,故意に右議案を提出せず,この承認決議を得ることを怠り,もって右条件の成就を妨げたのであるから,控訴人は民法130条により右条件すなわち株主総会の決議が成就したものとみなし,被控訴人に対し右決議を要せず退職慰労金の支払を請求しうる。」と主張する。

しかしながら,商法269条が取締役の報酬について定款の定め又は株主総会の決議を要求している以上,株主総会の決議は退職慰労金請求権発生の要件であると解すべきことは右に述べたとおりであって,かかる株主総会の決議がなされるかどうか未定であるにもかかわらず,控訴人と被控訴人との間で,控訴人が取締役を退任する際に,被控訴人の退職慰労金支払規程に定める退職慰労金が控訴人に支払われるよう株主総会の承認決議を得るべくこの支給に関する議案を提案するとの黙示の合意がなされたものと認めるに足りる証拠はなく(被控訴人における退職慰労金支払規程は,株主総会において支給の決議がなされた際の支給基準にすぎないことは前認定のとおりである。),控訴人の右主張は採用することができない。」

4  同46ページ10行目の次に行を改めて次のとおり加える。

「 控訴人は,「本件取締役会開催当時は,現行商法260条の2第2項は施行されておらず,取締役会には「株主総会においては特別の利害関係を有する者は議決権を行使することを得ず」とする商法239条5項(昭和56年法律第74号により削除)が準用されていたにすぎないから,この当時,特別利害関係人たる取締役は,議案にかかる議決権の行使を禁じられていたにすぎず,取締役会に出席し意見を述べる等の会議参与権は認められていたのである。そして,議長の職務とは,その地位において議事を主宰し,その整理,進行にあたることにあるのであって,議長として議決権を行使するわけではないから,議長が議案につき特別の利害を有する場合も議長たる資格を有するものと解すべきである。現に,被控訴人会社の取締役会規程においても,議長が議案につき特別の利害関係を有する場合には議長がその資格を当然に失う旨の規定は置かれていないし,被控訴人会社の従来の各取締役会においても,議長が特別利害関係を有する議案の審議にあたり,当該議長に議長の職を回避せしめた事例はかって存在したことがない。したがって,本件取締役会において杉田専務が控訴人の代表取締役解任の決議の動議を提出しても,議長であった控訴人は議長としての権限を失っておらず,この動議が審議されるためには議長たる控訴人によりこの動議につき審議をなすべきか否かが議場にはかられねばならなかったものであって,杉田専務の提案した右解任動議は議長による付議がなされないまま本件取締役会は閉会となったのであるから,本件解任決議は不存在であったといわざるをえない。」と主張する。

議長の職務が,その地位において議事を主宰し,その整理,進行にあたることにあることは,控訴人の主張するとおりであるが,議長としてのかかる権限行使の結果が審議の過程全体に影響を及ぼし,その態様いかんによっては不公正な決議の結果を導き出すおそれがあることは明らかなところであるから,議決権の行使さえしなければ議長としての職務を行っても決議の結果を左右することはないということはできない。したがって,控訴人の右主張は採用することができない。」

二  よって,控訴人の本訴請求をその一部については被控訴人の相殺の抗弁を採用したうえで棄却した原判決は相当であり,本件控訴及び本件附帯控訴はいずれも理由がないからこれを棄却することとし,訴訟費用の負担につき民事訴訟法95条,89条を適用して,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 川上正俊 裁判官 石井健吾 裁判官 橋本昌純)

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